明日、明後日と「乃木将軍の部屋・遺品公開」です!
| お知らせ
明日、明後日は7月の第3土・日曜日。
そう、「乃木将軍の部屋(客殿)・遺品公開」の日です。
時間は10時より16時、料金は200円、納経所が受付となります。
7月9日に四国新聞さまに紹介いただいたこのイベントですが、第1・第3土日のみということで、紹介されてから初めての開催です。
四国新聞を見て楽しみにされていた方、また実際に足を運んでくださったにもかかわらず、開催日でないためお断りをした方、どうぞご参拝いただきますよう、心よりお待ちしております。
さて、乃木将軍と金倉寺といえば「乃木将軍妻返しの松」。
その逸話は次のようなお話です。
乃木将軍が善通寺第十一師団長に就任した明治31年の大晦日、この日は昼過ぎから雪も降り夕方頃には辺りも薄暗くなっていました。
突然、お茶室脇より「お頼みいたします」という婦人の声が聞こえてきたわけです。
「どなた様ですか。」小僧の妙栄坊(後の金倉寺中興第14世俊雄)が尋ねると婦人は、 「乃木の妻でございます。静が東京から参ったとお取次をお願いします。」 とおっしゃいました。
妙栄坊は「閣下」と乃木将軍に声をかけ、「奥様が東京からお見えになりました。」と伝えました。 しかし乃木将軍からの答えはなく、ただじっと妙栄坊の顔を眺めたままです。そこでもう一度大きな声で、「閣下、東京より奥さまがお見えになりました。」と呼びかけました。 すると乃木将軍はポツリ、「別に会う必要はないでしょう。」
妙栄坊は思いがけず取次ができなくて困り、住職であった俊良師に相談しました。 俊良師は「ともかく、夫人を奥座敷にお通ししなさい。」と妙栄坊命じました。静子夫人と面会した俊良師は、「私が将軍を説得いたしますので、本日の所はお引きとり願えるでしょうか。」と説得し、 夫人は多度津の「花びし」という旅館に戻られることになりました。
夫人はその帰り道、本堂脇にある小ぶりの松の木まで歩を進めて、 その下でもの思いにふけて佇まれたとか・・・
これが「乃木将軍妻返しの松」のお話です。
さて、皆さまはどのように感じられるでしょうか?